骨折のこと

今から12年前、中学3年の時にした右ひじ骨折について書く。最近、大怪我をしたアスリートのS氏への励ましと、自分の備忘録の意味も込めて書く。

中学3年の冬、体育に授業は走り高跳びだった。背面跳びでバーを越えるときにバーに体が接触し、バーを右手のひじの内側に巻き込んでマットに右腕から落ちた。落ちた瞬間、バキンと鈍い音がした。立ち上がると、右腕のひじ部分が二倍以上の太さになって、右腕の長さも左腕に比べ5cm程短くなっていた。骨折していることは、アホでも分かる状況だった。

すぐに病院に行き、レントゲンを撮ったところ、ひじ部分の骨が5-6個に砕けていた。細かい破片を含めると10個以上だったと思う。この写真を見て、とても元通り回復するとは思えなくて、目の前が真っ暗になった。数日後、針金で骨の破片をつなぐために手術を受けた。ギプスで固定1ヶ月、さらに2ヵ月後に針金を除去した。

ギプスを外してからが大変だった。ひじまがらない。曲げようとして曲げられないのではなく、物理的に曲がらない。軟骨、筋肉、腱などが癒着して動かなくなっていた。リハビリは本当に真剣にやった。やらないと、本当に右腕に障害が残るから。毎日少しずつ無理やり曲げて行く。非常に居たく、またリハビリ後はひじが熱を持った。だが、半年くらいかけて、ひじは100度くらい曲がるようになった(左が150度くらい曲がることを考えると、完全に機能は戻っていない)。握力も、高一の夏に3kg、高2の夏に15kg、高3の時には左とほぼ同じ30kgまで戻った。ハンドボール投げは、高2のとき中3のときの記録を上回った。日常生活に不便を感じなくなって、次第にリハビリをしなくなった。

現在、日常生活・スポーツのときに右腕のことを意識することは無い。野球も普通にプレーできる。ただ背中を掻くときと、腕立て伏せをするときは完全には曲がらない右腕を不便に感じる。

一連の事件で得た教訓。月並みだが。「必死になって努力すれば、目標に到達できる。現状に満足すれば、それ以上の発展は無い。」今でも、右ひじは曲がるようリハビリを行えば、左腕並に曲がるようになると信じている。でも、あの痛いリハビリをこれ以上したくない。あと、もう一つの教訓。「絶望するのは最善を尽くした後でも遅くは無い」ということ。ほんとにこの通りだ。